潮風の導き
♪『潮風の導き』 を聴く♪
「うわぁー!」
風に導かれるように大草原を駆け抜けた先…
そこに待っていたのは、様々な出会いと別れが交錯する、旅の中継地としても有名な港町。
近くにあるようで、まだまだ遠くに見える不思議な景色。
水溜まりでも湖でもない…話でしか聞いたことのなかった広大な海。
太陽の光に反射して届く眩い光。
それを手で遮りながらも、世界の神秘に触れた少女の表情には一片の曇りもない。
「すごい、すごい!」
見渡す限りの人、人、人…。
当たり前のように “ なにか ” と物を交換する人たちの姿が目に映った。
すぐ傍で綺麗な装飾品を並べているお爺さんに、そのことを訊ねてみる。
「ねぇねぇお爺さん、みんなが交換してる丸っこいのはなーに?」
「これはこれは、不思議なことを聞くお嬢ちゃんじゃな」
「えへへ。 外には初めて来たんだ」
「ほぉ? お嬢ちゃんは、どこから来たのかな?」
「草原の村からだよ」
「ほぉ…それは珍しい」
「そうなの?」
「草原の村は神様に護られているという噂があっての。 外の人間が辿り着けることは滅多にないらしいぞい」
「ふぅん…」
確かに外の人間が訪れて来たことは一度もなかった。
それどころか、村人が外の世界に出たという話も聞いたことがなかった。
いまの自分の境遇に少しだけ疑問を持った。
私は、どうしてここに居るんだろう?
大草原で感じた、あの温もりを思い出す。
誰かに見守られているような温かい感覚。
なにかに導かれているような不思議な感覚。
答えが出そうで出ない、もどかしさに頭を悩ませていると…
「お金じゃよ」
聞いたことのない言葉に、ふっと我に返る。
「おかね?」
「そう。 簡単に言えば、交換したいものと同じだけの価値…数が必要になるんじゃ」
「なるほど〜」
お爺さんの言っていることは分かり易くて、すぐに理解できた。
「おかねは、どうやって集めればいいの?」
「普通に仕事をしたり、冒険者ならクエストをこなしたりといったところかの」
「くえすと?」
次々と新しい言葉が出てきてワクワクする。
「人のお願いごとを手伝って報酬…つまりお金じゃ。 それを貰える仕事のことじゃよ」
外の世界の仕組みに少し触れ、旅を続けるにはお金が必要なことを知った。
「ここに並んでるのと交換するのにも、おかねが必要なんだね」
「そういうことじゃ。 まぁ見るだけならタダ。 好きなだけ見ていきなさい」
そう言ってくれると、しゃがみ込んで綺麗に並べられた装飾品を改めて眺めてみる。
その中に一つだけ、シンプルなデザインだが気になるものが目に止まった。
「流れ星だね」
願いが叶うと言われている、その星をかたどったブローチに想いを馳せる。
そんなアールティヒを、少し離れたところから見つめていた少女。
世間知らずで危なっかしい姿に、大切だった誰かの影を重ねていた。
世界を拒絶しているはずの自分が、その子に歩み寄ることを止められなかった。
静かに祈りを捧げていた少女は、ふと隣に人の気配を感じる。
「ご主人、このブローチを貰えるかしら?」
ずっと眺めていた流れ星のブローチは、どうやら誰かの物になってしまうらしい。
「はい、まいど」
ブローチは綺麗な少女の手に収まった。
それを見届けると、ようやく立ち上がり歩き出そうとする。
「お待ちなさい」
「?」
ブローチを買った少女に呼び止められ、振り返ると…
すっと胸元に流れ星のブローチが取り付けられる。
「え…? あ、あの…」
無意識にブローチを撫でながらも戸惑いを隠せない。
「いいのよ」
そう短く答えた少女の顔を見上げる。
とても穏やかで、こちらのことを愛しそうに微笑む少女。
「あなた、お名前は?」
思わず見とれていたので、ハッとなりながら慌てて答える。
「アールティヒ」
「とても可愛らしい名前ね」
「お姉さんの、お名前は?」
「ルミナ」
「綺麗な名前だね」
「ありがと」
「あ、こちらこそ…ありがとう」
胸元の流れ星を撫でながら感謝の言葉を伝える。
「どういたしまして。 外の世界は初めてなんでしょう? 良かったら案内するわよ」
「ほんとっ? 実は、ちょっと不安だったから嬉しいな」
「それじゃ行きましょうか」
お爺さんに手を振ると、ふたり揃って歩きだす。
「ルミナも旅をしているの?」
「そうなるのかな。 特に目的があるわけじゃないんだけどね」
「ふぅん…」
目的のない旅。
自分とは正反対のルミナを不思議に思い、横顔を覗き込んでみる。
どこか遠くを見つめるような寂しげな顔。
それ以上、そのことについて聞くのは躊躇われた。
「アールティヒは、どうして?」
「外の世界には、ずっと出てみたかったんだ。 “さがしもの” もあるし」
さがしもの。
なぜか、その言葉が心に響いてくる。
「しばらく一緒に旅をしてみる?」
どうして、そんな言葉が出てしまったのか分からなかった。
不安でいっぱいの少女を期待させるだけの言葉。
誰かと一緒に行動することは、なによりも私自身が望んでいないはずなのに。
「ほんとに!? ルミナと一緒に旅ができるの!?」
とても純粋で澄んだ瞳を、より一層輝かせるアールティヒ。
嬉しさいっぱいの少女は、歩きながらいろんな話を聞かせてくれた。
「それでね、それでね」
生まれ育った草原の村での暮らし、外の世界への憧れ。
夢中で話すアールティヒを温かく見守りながらも、心のどこかでは必要になった嘘を考えていた。
思い悩むルミナは気づいていなかった。
ふたり並んで歩く姿が、まるで仲の良い姉妹のようだと。
そして、少女の持つ不思議な魅力に、心を開き始めていたことを。
★メニューに戻る★