潮風の導き





『潮風の導き』 を聴く





「うわぁー!」

風に導かれるように大草原を駆け抜けた先…
そこに待っていたのは、様々な出会いと別れが交錯する、旅の中継地としても有名な港町。

近くにあるようで、まだまだ遠くに見える不思議な景色。
水溜まりでも湖でもない…話でしか聞いたことのなかった広大な海。
太陽の光に反射して届く眩い光。
それを手で遮りながらも、世界の神秘に触れた少女の表情には一片の曇りもない。

「すごい、すごい!」

見渡す限りの人、人、人…。

当たり前のように “ なにか ” と物を交換する人たちの姿が目に映った。
すぐ傍で綺麗な装飾品を並べているお爺さんに、そのことを訊ねてみる。

「ねぇねぇお爺さん、みんなが交換してる丸っこいのはなーに?」

「これはこれは、不思議なことを聞くお嬢ちゃんじゃな」

「えへへ。 外には初めて来たんだ」

「ほぉ? お嬢ちゃんは、どこから来たのかな?」

「草原の村からだよ」

「ほぉ…それは珍しい」

「そうなの?」

「草原の村は神様に護られているという噂があっての。 外の人間が辿り着けることは滅多にないらしいぞい」

「ふぅん…」

確かに外の人間が訪れて来たことは一度もなかった。
それどころか、村人が外の世界に出たという話も聞いたことがなかった。
いまの自分の境遇に少しだけ疑問を持った。

私は、どうしてここに居るんだろう?

大草原で感じた、あの温もりを思い出す。

誰かに見守られているような温かい感覚。
なにかに導かれているような不思議な感覚。

答えが出そうで出ない、もどかしさに頭を悩ませていると…

「お金じゃよ」

聞いたことのない言葉に、ふっと我に返る。

「おかね?」

「そう。 簡単に言えば、交換したいものと同じだけの価値…数が必要になるんじゃ」

「なるほど〜」

お爺さんの言っていることは分かり易くて、すぐに理解できた。

「おかねは、どうやって集めればいいの?」

「普通に仕事をしたり、冒険者ならクエストをこなしたりといったところかの」

「くえすと?」

次々と新しい言葉が出てきてワクワクする。

「人のお願いごとを手伝って報酬…つまりお金じゃ。 それを貰える仕事のことじゃよ」

外の世界の仕組みに少し触れ、旅を続けるにはお金が必要なことを知った。

「ここに並んでるのと交換するのにも、おかねが必要なんだね」

「そういうことじゃ。 まぁ見るだけならタダ。 好きなだけ見ていきなさい」

そう言ってくれると、しゃがみ込んで綺麗に並べられた装飾品を改めて眺めてみる。
その中に一つだけ、シンプルなデザインだが気になるものが目に止まった。

「流れ星だね」

願いが叶うと言われている、その星をかたどったブローチに想いを馳せる。

そんなアールティヒを、少し離れたところから見つめていた少女。
世間知らずで危なっかしい姿に、大切だった誰かの影を重ねていた。
世界を拒絶しているはずの自分が、その子に歩み寄ることを止められなかった。

静かに祈りを捧げていた少女は、ふと隣に人の気配を感じる。

「ご主人、このブローチを貰えるかしら?」

ずっと眺めていた流れ星のブローチは、どうやら誰かの物になってしまうらしい。

「はい、まいど」

ブローチは綺麗な少女の手に収まった。
それを見届けると、ようやく立ち上がり歩き出そうとする。

「お待ちなさい」

「?」

ブローチを買った少女に呼び止められ、振り返ると…

すっと胸元に流れ星のブローチが取り付けられる。

「え…? あ、あの…」

無意識にブローチを撫でながらも戸惑いを隠せない。

「いいのよ」

そう短く答えた少女の顔を見上げる。
とても穏やかで、こちらのことを愛しそうに微笑む少女。

「あなた、お名前は?」

思わず見とれていたので、ハッとなりながら慌てて答える。

「アールティヒ」

「とても可愛らしい名前ね」

「お姉さんの、お名前は?」

「ルミナ」

「綺麗な名前だね」

「ありがと」

「あ、こちらこそ…ありがとう」

胸元の流れ星を撫でながら感謝の言葉を伝える。

「どういたしまして。 外の世界は初めてなんでしょう? 良かったら案内するわよ」

「ほんとっ? 実は、ちょっと不安だったから嬉しいな」

「それじゃ行きましょうか」

お爺さんに手を振ると、ふたり揃って歩きだす。

「ルミナも旅をしているの?」

「そうなるのかな。 特に目的があるわけじゃないんだけどね」

「ふぅん…」

目的のない旅。
自分とは正反対のルミナを不思議に思い、横顔を覗き込んでみる。
どこか遠くを見つめるような寂しげな顔。
それ以上、そのことについて聞くのは躊躇われた。

「アールティヒは、どうして?」

「外の世界には、ずっと出てみたかったんだ。 “さがしもの” もあるし」

さがしもの。
なぜか、その言葉が心に響いてくる。

「しばらく一緒に旅をしてみる?」

どうして、そんな言葉が出てしまったのか分からなかった。
不安でいっぱいの少女を期待させるだけの言葉。
誰かと一緒に行動することは、なによりも私自身が望んでいないはずなのに。

「ほんとに!? ルミナと一緒に旅ができるの!?」

とても純粋で澄んだ瞳を、より一層輝かせるアールティヒ。
嬉しさいっぱいの少女は、歩きながらいろんな話を聞かせてくれた。

「それでね、それでね」

生まれ育った草原の村での暮らし、外の世界への憧れ。
夢中で話すアールティヒを温かく見守りながらも、心のどこかでは必要になった嘘を考えていた。

思い悩むルミナは気づいていなかった。
ふたり並んで歩く姿が、まるで仲の良い姉妹のようだと。
そして、少女の持つ不思議な魅力に、心を開き始めていたことを。





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