心を癒やす風



「人間を作ったのは神様だって言われてるけど、
そうだとしたら、どうして神様は人間を作ったりしたんだろう」

そう言いながら空を見つめるルミナの瞳には、どこか憎悪の色が滲む。
なにか大切なものを失った者に宿る、悲しい色。

問いかけてみたところで、納得できる答えが返ってくるとは思わなかったし、
そんな答えは存在すらしていないと思っていた。

「寂しかったからじゃないかな」

その言葉に目を丸くしたルミナは、首を傾げながらアールティヒの顔を覗き込んだ。
隣に座っている、出会って間もない少女が、どんな考えを持っているのか。
彼女の瞳からは憎悪の色が薄れ、純粋な興味を示し始める。

「どんなに凄い力を持ってたとしても、ひとりぼっちって寂しいと思うんだ」

先程までのルミナと同じように空を見上げる少女の瞳には、寂しさが滲みだした。

アールティヒから聞いた村での暮らしは、
温かい人たちに囲まれて、決して寂しくはなかったように感じたし、それを羨ましくさえ思っていた。

だけど、そんな少女ですら寂しさを抱えて生きていた。
それは、一番大切に思える人が傍に居なかったからだと予想した。
もしかしたら、その人を探すことも旅の目的なのかもしれない。

彼女は、まだ失ったことがない。
失って絶望するくらいに大切なものが傍に存在していない。
それは、むしろ喜ばしいことなのか、それとも悲しいことなのか。
自分の境遇を重ね合わせ、ぐるぐると答えの出ない葛藤に悩まされる。

ただ、ひとりぼっちの寂しさは神様だって同じだった。
そんな風に考えると、全ての始まりを憎むことができなくなっていた。

「そうかもね」

まだ寂しさの残る幼い顔を見つめながら、そう応えた。

「私、ルミナの笑ってる顔って好き」

そんな風に言われて初めて気が付いた。
自分の境遇を呪って生きてきた自分が、この少女に向けて笑っていることに。

「お姉さんができたみたい」

そう、自分は姉だった。
いつだって笑っている優しい姉だった。
そうあらねばならないと、そう努力し続けてきたのだから。

だけど、そんな努力も必要なくなり、
憎悪を滲ませるようになった自分の顔は、人を寄せつけないものだと自覚すらしていた。
そんな自分が、いまは自然と笑っていた。

「あ、そ」

わざと、そっけない返事をして顔を合わせなかったけれど、心の色は隠しきれなかった。
横目に写り込むアールティヒの顔が笑っていることも、容易に感じ取れた。

不思議な風を持っている少女。

自分を纏っている空気の軽さに、傍にいるだけで癒やされていたことに気づいた。

もう少し、この子と一緒に旅をしてみよう。

近いうちに切り出そうと思っていた離れるための嘘は、
雑踏に見え隠れするゴミ箱めがけ、そっと心の中から投げ捨てた。

「そろそろ日が暮れるわね。 そこの宿をとりましょう」

「でも、私はお金っていうの持ってないし…」

「お姉さんに任せなさい」

いつだって自分を慕ってくれていた、あの子の笑顔が浮かんで見えた気がした。





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