初めての温もり



旅の疲れを癒すためにと考慮されている、間接照明に包まれた宿の一室。
一面、見たことがないもので満たされている部屋。

それでも、外の世界を旅してみたかったアールティヒにとって、
なによりも興味があるのは窓の外に広がる夜の世界のようだった。

夜の世界を、わずかに優しく照らす月。
おぼろげな月を映しだす夜の海。
夜の海を移動する不思議な乗り物。
彼らの道標となるべく規則的に回る灯台の光。

言葉を失うほどに、それらの神秘から目を離すことができない。

そんな、窓に張り付く無垢な少女の横顔を愛しそうに見守るルミナ。
もう二度と取り戻せないはずのものが、なぜか取り戻せそうな気がしていた。

「ねぇルミナ。 あの海に浮かんでる乗り物は?」

窓に張り付いたままの格好で、いま一番興味のあるらしいことを訊いてくる。

「あれは船よ」

「ふね?」

「私たちが今いる大陸は、この港町と大草原くらいしかないのよ。
 ここを中継地にして旅支度を整えてから、船で色んな方面に向かえるようになっているの」

「じゃあ、私たちも船に乗って何処かへ行くの?」

目を輝かせながらルミナのほうに向き直る。

「そうよ」

一瞬にして綻んだアールティヒの笑顔は、その少女の胸の高鳴りさえも伝えてくれる。

少しの間を置いて、また違った表情の笑顔を見せるアールティヒ。
自分も笑っていたからだと気づかされ照れくさくなってしまう。

「そろそろ横になりましょうか」

それを誤魔化すようにベッドへと誘う。

アールティヒは、ようやく目に入ったかのように、じっとベッドを見つめながら目を丸くしていた。

「一緒に寝ていいの?」

「いいの」

お金に困っているわけではないけど無駄遣いもできない。
というより、いつもの癖で1人部屋を選んでしまった。

きっと、それは言い訳。

私自身が、もっとアールティヒを身近に感じたかった。
失ってしまったものを取り戻すかのように。

1人で過ごすことが多かった少女は、ほんの少しの戸惑いを見せたあと、ちょこんとルミナの隣に腰かけた。

「ふわふわだ」

柔らかな弾力に体を沈めると緊張の色は薄れ、おぉっという風に、また目を輝かせる。

「それに、あったかいわよ」

誘導されながら、ちゃんとした姿勢で横になると全身が柔らかく包み込まれる。
すぐ隣でルミナも同じように横になり、2人の体に布団を掛け、向かい合う形になる。

「あったかいね」

それは、傍に誰かがいてくれる温もりのことかも知れなかった。
考えるよりも先に、そんなアールティヒを包み込んでいた。
アールティヒも心に素直に甘えた。

ぽかぽかとした感覚に満たされながら、両親のことが思い浮かぶ。
顔も覚えていないうちに、どこか遠くへ行ってしまった両親。

この温もりは、きっと記憶のどこかには存在している。
それでも肌で感じたのは初めて。

あったかい―

いつの間にか眠ってしまったアールティヒを優しく見つめるルミナ。
今度こそは守ってあげたいという気持ちを抱きながら、やがて彼女も眠りに落ちていった。





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