まだ見ぬ地へ





『まだ見ぬ地へ』 を聴く





「はい、これがチケットよ。 無くさないでね」

ルミナから受け取ったチケットを、じっと見つめたり、天に掲げて太陽に透かしてみたりと、
外の世界を知らないアールティヒの純粋さに思わず笑ってしまう。

「これで、あの船に乗れるの?」

「そうよ」

初めての連続にドキドキワクワクが抑えられないといった感じで、そわそわ。
買ってもらったミニポシェットは、チケットが収められることもなく少女の動きに合わせて踊っている。
そんなアールティヒを楽しそうに眺めながら船の到着を待っていると…

「よう、おふたりさん!」

やけに軽い声が背中に浴びせられる。
振り返ると、いかにも冒険者という雰囲気の男が二人。
一人は気難しそうで、もう一人は見ての通りお調子者といった感じだ。

「なによ、あなた達?」

急に話しかけられ、不機嫌そうにルミナが訊ねる。

「いや、そうは見えなかったんだが、もしかして冒険者かなと思ってさ」

不思議なことを訊く男だなと思った。

「そんな大層なものじゃないわよ。 ただ、ちょっと旅をしてみようかなって」

「目的のない旅ってとこか?」

「そうね。 そんな感じよ」

「おじさんたちは、なにか目的があるの?」

ルミナの後ろから顔を覗かせたアールティヒも会話に参加する。

「まぁね。 おっと、先に自己紹介しておくか。 俺の名前はジェントってんだ」

「別に聞いてないわよ」

「そんで、こいつはイナーリヒ。 変わった名前だろ?」

「お前、人の名前をだな…」

文句を言いかけたイナーリヒを遮るように、お調子者は自己紹介を続ける。

「俺たちはな、なにを隠そうトレジャーハンターなんだ」

「とれじゃーはんたーって?」

「簡単に言うと、お宝を求めて旅をする冒険者ってとこだな」

「そうなんだ」

新しい言葉と意味を覚え、うんうんと満足気に頷く。

「というかイナーリヒ! お前が気になるっていうから声をかけてるんだぞ!
俺ばっか喋って、どう見ても不審者扱いされてるじゃねーか!」

「お前は存在自体が不審者だからな」

これまで表情の硬かったイナーリヒが、にやりと笑って見せた。

「あのなぁ…」

こんなやり取りは彼らにとっては当たり前なのだろう。
言葉自体の持っているトゲとは裏腹に、そこに悪意は存在していなかった。
無愛想なイナーリヒが、それだけ心を許している証でもあると思った。
良い大人が馬鹿のように笑い合っている。
それが少しだけ羨ましかった。

「なにか用があるのは、そちらの方なの?」

「あぁ、まぁ…」

さっきまでのコントはどこへやら、一瞬にして気難しい中年に戻ってしまう。
ちょっと面白い。

「あまりにも旅慣れしていない感じだったから気になってな。 特に、そっちの…」

「なんだ、ただのお節介さんだったのね」

そう言いながらも心の中では感謝した。
アールティヒは、まだ世界を知らなさすぎる。
なにも知らないからこそ “ お姉さん ” である自分が守ってあげなくてはいけないのだった。

「気をつけてな」

不器用な男が、ぽんぽんとアールティヒの頭を叩く。
それは彼なりの精一杯で、それがなんだか温かい光景だった。

「うん」

意外そうに目をまんまるにして、撫でられた頭を押さえながら短く応える。
その何気ない仕草は、まるで温もりを逃がさないように頑張っているようにも見えた。

「アールティヒを守ってやってくれ」

「約束するわ」

どうして “ 約束 ” なんて言葉が出たのだろう。
それはきっと、自分の中に決意のようなものが芽生え始めていたから。

「時間だな。 縁があったら、また会おうぜ」

お調子者のジェントが軽く手を上げて見送ってくれる。
こうして黙っていればカッコイイのに。
でも、それじゃ彼の魅力半減か、なんてことを勝手に思ったりした。

「いってきます!」

「行ってきます」

不思議な出会いが終わり、新しい旅立ちが始まる。



「あれじゃ、まるで保護者ね」

呆れたように苦笑いを浮かべるルミナ。

「保護者…」

こちらの姿が完全に見えなくなるまで、ずっと見守ってくれた二人組。
性格は、まるで正反対。
どちらも付き合いにくいタイプだと思えるのに、なぜか嫌な気持ちはしなかった。
むしろ探し求めている温もりに近いような。
そんな風にさえ感じた。

「また会えるといいわね」

「えっ?」

心を見透かされたような言葉に、ふっと我に返る。

「そんな顔してた」

「そっか」

こちらを見つめる優しい眼差しに、ほんの少し照れながらも笑顔で応える。

「そんなことより、ほら。 海は初めてなんでしょう?」

ルミナが海を指差すと、アールティヒの視線も自然と海へ向けられていく。
そこには見たこともない世界の神秘があった。

「わぁー!」

思いふけるあまり、すぐ目の前にあった、こんなにも綺麗な光景に気がつかなかった。
太陽の光を反射させる海の煌めきは、少女の心を強く掴んで離さない。
その光景は、まだ見ぬ地への憧れを、より一層強くさせた。

そして、海を見慣れているルミナでさえ、この光景に心を躍らせた。
澄んだ心で見る風景は、それが日常であっても美しいこともあるのだと思い知った。
これまでの自分を少しだけ後悔した。

「楽しい旅にしましょうね」

それはアールティヒに向けた言葉でもあり、自分に向けた言葉でもあった。

これからも、大切なものをいっぱい見つけていこう。
この子と一緒に。



“ アールティヒを守ってやってくれ ”



…あれ?

私たちって自己紹介したんだっけ?





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