姉妹のように



目に映るものが新鮮で大発見の連続だった船旅は、
その航海時間からは考えられないほど、瞬く間に過ぎていった。

ひとりで船旅をしていたときは、その退屈さから思い耽ることが多くなりがちだったルミナも、
その時の流れの早さをアールティヒと共有したのだった。

長くて短い船旅が終わりを迎える頃、
アールティヒの目に飛び込んできたのは、想像を遙かに越えた広大な大地。

各地への中継地として利用されることが主な出立前の港町とは違い、
都会としての賑わいも見せる港町は、大草原の村で生まれ育った彼女にとって、
広くて狭い、とても刺激的な世界だった。

「迷子にならないようにね」

優しく差し出された手を、期待と不安で強く握りかえす少女は、
世界を知らない妹そのものだった。

「これから、どうするの?」

「そうだ、クエストの掲示板を見に行ってみましょうか。
もしかしたら手軽なクエストがあるかも」

「おぉー! クエスト!」

装飾品売りのお爺さんに教えてもらってから、
楽しみになっていたクエストという言葉に、ひよっこ冒険者は目を輝かせた。

楽しいことばかりじゃないけどね―

その思いを言葉にすることはできなかった。
辛いことや悲しいことを少しでも知らずに生きていけるのなら、そのほうが良い。

「ルミナ?」

つい黙り込んでしまった私を心配そうに見つめる瞳は、
あまりにも純粋で、だからこそ姉として守ってあげたいという気持ちにさせられた。

「ううん、なんでもないの。 ちょっと考え事。
手軽なクエストがなかった時は、どうしようかなーなんてね」

「そっか」

少し安心したのか、いつもの可愛らしい笑顔を見せてくれたものの、
どこか心配の抜け切らない声色に聞こえたのは、私の心の迷いのせいかもしれない。

気を取り直して、ふたりで他愛のない話をしながら、のんびりと中央広場へと向かう。

しばらく歩いて噴水が目に入ると、これまた大発見とばかりに興味を示し、
放物線を描く水のアートに心を奪われる。

「少し休憩しましょうか」

噴水のそばに腰かけ、アールティヒの様子を気にかけながらも、
すぐ近くまで来ている掲示板のほうに目をやる。
人はまばらで、大したクエストは残っていなさそうな気配が見て取れた。

改めてアールティヒに目をやると、
揺らぐ水面を見つめたり、ゆっくりと水に浸けた手に伝わる冷たさに驚いたりと、見ていて飽きない。

大自然の中で生まれ育った少女が水遊びを始めたりするのでは、
などという不安もあったりしたが、その様子もなく姉として胸を撫でおろした。
そして、その光景に、少女の無邪気さに隠れがちな思慮深さを垣間見た気がした。
外の世界を知らなかった少女が、未知の世界においても調和しようと懸命に努力していた。

「ごめんね、おまたせっ」

すぐに目新しいものに飛びついてしまう自分が少し照れくさくなったのか、
はにかんだような笑顔でルミナの元へと駆け寄った。

「いいのよ」

そう返す自分の表情も、つい柔らかくなってしまう。

「それじゃ、掲示板を覗いてみましょうか。 ちなみに、あれよ」

すぐ近くにある掲示板を指し示されると、
アールティヒは、本来の目的だったものが、こんなにも近くにあったことに目をまん丸にした。

それを目前にしながらも噴水に夢中だったことに、
またしても照れくさそうに、ごめんねと言いたげな表情で自分の頬をかいてみせた。
その可愛らしい仕草に、くすっと笑ってしまった。


改めて、ふたりで掲示板に注目すると、様々な文字が目に飛び込んでくる。
人さがし、物さがし、猫さがし…
夜旅の護衛の依頼から、鉱山の発掘作業手伝いに至るまで多種多様だ。

また “ さがしもの ” という言葉が気になって、すぐ隣のアールティヒに目をやる。
掲示板に貼りつけられた紙に夢中な少女の目は、ただただ輝いていた。


内容次第では手軽と言えなくもない “ さがしもの ” の依頼を横目に、別の依頼を探す。

「あ、これなんて手軽でいいかも」

「どれ?」

カフェで材料として使われる天然水の採水の依頼だ。
小さな店だが念のための予備をいくつか補充しておきたいというもの。

緊急性もなく、観光地でもある採水地の洞穴も目と鼻の先にあり、
わずかながらの報酬に加えて軽食のお礼つき。

誰の興味も引かなさそうな内容ではあるが、
いまのアールティヒにとっては得るものが大きいクエストに思えた。

「お水を汲んでくればいいんだね」

「そういうこと」

簡潔な説明を聞いて早くもやる気になっているようで、
その上機嫌ぶりが全身で表現されていた。


早速、そのカフェに立ち寄り依頼を受ける旨を伝えると、
いかにも人の良さそうな主人の顔が更に綻んだ。

「それじゃ、すみませんが、よろしくお願いします。
ゆっくりとやってくださって大丈夫ですから」


数個の容器が収まったカートを預り、ふたりで仲良く引きながら歩くこと数分、
ひんやりとした空気を放出する洞穴の入り口に到着する。

「風が気持ちいいね」

そう嬉しそうにツインテールの髪を揺らす少女は、一際幼く見えた。

「体を冷やさないように気をつけないとね」

そう言って、つい先ほどまでは不要にも思えたコートを脱ぎ、
そっと少女の肩から掛け、あっという間に少女の肌は身を潜めた。

「あったか〜い♪」

「貸してあげる。 そうだ、報酬が出たらマントを見繕いに行きましょうか」

「マント?」

「そう、冒険者の必需品よ。 これひとつあるだけで色んなことが出来るんだから。
冒険者の7つ道具のひとつと言ってもいいわね」

「へー! あとの6つは?」

「いや、わかんないけど」

そんな冗談に、ふたりして笑い合った。
笑いながら、自分に冗談なんて言えたのかという驚きと、
“ あの二人 ” のように笑い合えたことが心の底から嬉しかった。





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