雛鳥の巣立ち



「ばーちゃん、あたしも行きたい!」

出立の準備を終えた一行の前で、ちいさな少女が声高に叫んだ。

「馬鹿を言うんじゃないよ」

そう返しながらも心の中では、やはりという思いだった。
ティーエの器は、とても狭い村に収まるようなものではなく、
外の世界の刺激を受けたとき、その心が踊りだすのは容易に想像できたことだった。

いつか旅立っていくことは覚悟していたが、
イリゼに縁のある者たちの宿命的な旅に同行することは、親心としても避けたかった。

「ぷー!」

ティーエとしても反対されることは予想していたが、それでも心の底から拗ねてみせた。

老婆は安堵と申し訳なさの入り混じった溜息をつき、
少女は諦め混じりの溜息をついた。

「あーぁ!」

ぷぃっと老婆に背を見せるティーエ。
その心は冒険への強い憧れで満たされていた。

謝罪の言葉が今は意味を為さないと考えた老婆が、
その寂しげな背に心の声を届けようとした瞬間…


役目を失って久しい水晶体が強く煌めいた。


自らの意思に関係なく光り輝く水晶体に驚きながら、
その示唆するものを読み解こうとする。


「あの子が…?」


奇しくも、ただ一人その現象と向き合うことになった老婆は、
葛藤を繰り返した末に覚悟を決めた。
そして、寂しげな背中に向き直り、その背中を押した。

「…分かった。 行っておいで、ティーエ」

言葉を背中で受け取ったティーエは、その言葉を理解するのに時間を要した。

「え?」

ようやく振り返ったティーエは、まだ不思議な顔をしたままだった。

「もちろん、あんた達が良ければだが…」

一行のほうに目をやり賛否を求める。

その結果を見守る少女は、活発さに似合わない不安の色を滲ませた。


「ティーちゃんと一緒なら、もっと楽しくなりそう!」

「そうね、いいんじゃないかしら」


あっさりと少女たちの賛同を得る。


「二人が迎えたいと言うのなら、それでいい」


ルミナに背中を押され、ほんの少し柔らかくなったイナーリヒも同調する。

次々と賛同を得て少女の瞳は輝きを増していった。


「俺たちは構わないが、ばーさんは大丈夫なのか?」


ジェントも賛同の言葉を口にしつつ、ひとり残される老婆を思いやった。


「あぁ…寂しくないと言えば嘘になるね。 だが…」

ティーエのことを誰よりも理解している老婆には、ある確信があった。

「まぁ、大丈夫さ」

そう笑顔で応えた。



「いいかい、みんなに迷惑をかけるんじゃないよ」

「…できるだけね」

到底、無理な注文だなと思い、一言付け加えながらティーエの小さな頭を撫でた。

「うん!」

その意味を理解しているようには思えない、いつもの元気な様子が嬉しかった。

「絶対に手紙書くから!」

「あぁ、待ってるよ」

ぽんぽんと両肩を叩かれると、それが旅立ちの合図となった。

「行ってきます!」

お気に入りの杖を胸の前で握りしめる見慣れたはずの少女の顔が、
心なしか、ほんの少しだけ逞しく感じた。


「みんな、おまたせー!」


薄暗い部屋から光の差すほうへ、両手を広げ駆けていく少女に翼が見えた気がした。





その日の夜

とある宿の一室にて―





「ばーちゃんへ、おげんきですか、と…」

住み慣れた村と老婆の元から離れて、たったの十数時間。

さっそく紙とペンを取り出し机に向かうティーエに、その場にいた誰もが心を和ませたが、
同時に、早くもホームシックになってしまったのではないかと心配にもなった。

それが、活発な少女に秘められた単なるマメさであることを知るのは、あの老婆だけであった。





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