母の歩いた道へ



「さて、これからどうする?」

暖かな宿の一室。
これからのことを話し合うため、そう切り出すジェント。

イリゼを迎えに行くとは言っても、ただ会いに行けば全てが解決するわけではなく、
世界の悲しみから愛するものたちを守ることに身を捧げたイリゼを説得できるだけの、なにかが必要だった。


「俺たちが旅を続けてきたのは、イリゼちゃんを元の姿に戻せる方法や、
イリゼちゃんが納得してくれる答えを探すためだ」

「それじゃ、トレジャーハンターっていうのは…」

「そうさ。 なにも金銀財宝だけが宝じゃない。 だろ?」

彼らしい言いまわしと、その純粋さにルミナは微笑み返した。

「それに、イリゼちゃんが元の姿に戻ったら、また一緒に旅をしたいしな。
あれからイナーリヒと見つけた、いろんな世界の神秘をイリゼちゃんにも見せてやりたい」

それらの景色を探すことも旅の目的の一つだったとジェントは語った。

「イリゼちゃんは、おしとやかな見かけとは違って、
世界の神秘に触れるたびに子供のようにはしゃいでいたもんさ」

「アールティヒみたいね」

一同の視線を集めたアールティヒは、わずかに頬を染めながら笑ってみせた。

「ま、お嬢ちゃんは見るからに元気いっぱいって感じだけどな。
そうそう、そこのイナーリヒだって同じだぜ」

その意外さからか、今度はイナーリヒが視線を集める。

「俺がはしゃいだことなんてないだろう」

「お前はイリゼちゃんを守ることを、なにより自分に課してたから表面上はな。
だが、態度に出さなくても目は嘘をつかないぜ」

お前にはかなわないな。
そんな表情で頭をかいてみせた。


「あれから色んな地を巡ったが…
結局、あの場所で三人一緒に見た光景にかなうものには、まだ巡り合えていないな」

そう静かに語ったイナーリヒの瞳には深い悲しみの色が滲んだ。
イリゼと共に見ることが出来ない光景は、それがどんなに素晴らしくとも魅力を半減させてしまうのだった。



「私、そこに行ってみたい」



これまで興味深げに黙って話を聞いていたアールティヒは、そう呟いた。

「お母さんや、お父さんや、ジェントさんが、そんなにも心を躍らせた光景を、私も見てみたい」

そこで母がどんな想いを抱いたのか。

聖女として?

冒険者として?

それとも…



「そうだな…それもいいかもしれないな」

イナーリヒもまた、その場所で自分を見つめ直してみたいと思った。

「決まりだな」

おそらく同じ想いを抱いたであろうジェントも賛同する。

「その場所って、どこにあるの?」

ルミナは、その答えが自らにとって胸を締めつけられるものであるとは思いもしていなかった。



「あぁ、ここから北の…雪の降る大地さ」



その言葉を聞いた瞬間、ルミナの鼓動は高鳴った。



なにも言えずに固まっているルミナの様子に、なにかを確信したジェントが静かに声をかける。

「生まれ故郷か?」

ふっと我に返ったルミナは驚きの表情でジェントを見た。

「どうして?」

「まぁ…長いこと旅を続けていると色んなことが分かるようになるもんさ。
雪国生まれの言葉使いや立ち振る舞いとか…色々とな」

「ルミナが生まれたところなの?」

どこか不安そうなルミナを心配し、そっと寄り添うアールティヒ。
その温もりと癒やしの風を感じながら、あの頃の全てを憎んでいた自分がもういないことに気付いた。

帰ろう。

そう決心した。

「…そう、私の生まれたところよ。 白い雪の降る、とても綺麗なところ」

「見てみたいな。 ルミナと一緒に」

その言葉は、まだ見ぬ神秘への憧れでもあり、ルミナの背中を押すものでもあった。

「えぇ、行きましょう。 一緒に」

いつもの笑顔で、そう応えた。

その様子を見ていたジェントは、あらためて確認を取るなどという野暮なことはしなかった。
ただ、イナーリヒと顔を見合わせて笑い合い、その光景を見守った。



「そういうわけだ、おチビちゃんも…」

部屋の隅で老婆への手紙を綴っていたティーエは、いつの間にか夢の世界へと旅立っていた。

「やれやれ…世話の焼ける」

そう言いながらも、どこか愛おしさを滲ませた表情で、そっと肩から毛布をかける。


「いつか絶対に空を飛んでみせるんだから…」


不思議な力を持っている少女の寝言に、ジェントは強い郷愁を覚えた。



翌朝、出立を前に老婆への手紙を空に舞わせ、みんなを驚かせるティーエ。
風に吹かれながらも、しっかりと軌道修正して老婆の元へと飛んでいく手紙を、みんなで見送った。





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