伝えたいこと



「さて、行くか。 準備はいいな?」

白い大地の北端にそびえ立つ山の麓に、その景色への入り口はあった。

ぽっかりと大きく開いた洞穴から放出される冷たい風は、
奥の見えぬ闇と相まって、より厳しさを増しているように思えた。


「俺が前を歩く。 イナーリヒは最後尾だ。
お嬢ちゃん達の世話は任せたぜ」

「あぁ、任せろ」

「よし。 んじゃ…出発!」

「おー!」

ジェントの号令にティーエが元気よく声をあげた。
それを真似て少女達も続いた。

その賑やかで楽しい光景を見守っていたイナーリヒは、
娘達と共に歩ける喜びを噛みしめながら、ここにはいないイリゼのことを想った。


(イリゼ…ここに、お前がいてくれたら、どれだけよかったか)


そんな思いに浸るイナーリヒのことに気付いていたのか、いなかったのか、
松明に火を灯しながら先導者は言った。

「…ここから先は危険も多い。 気を引き締めろよ」

頷く少女達に続いて自分も前を向いた。



ジェントの先導で洞窟内を慎重に進みながら、
アールティヒは母と同じ道を歩むということに不思議な感覚を抱いていた。

「お母さんも、ここを歩いたんだね」

「あぁ、そうだ。 見てて危なっかしくてヒヤヒヤしたもんだぞ」

過去を懐かしみながら語るイナーリヒにジェントも続いた。

「結局、二人で手を繋いで歩いてたっけな。 あれは微笑ましかったぜ」

心底、楽しそうに茶化すジェントにイナーリヒは苦笑いするしかなかった。
少女達の視線を集めて顔に熱を帯びそうになったが、それを冷たい風が抑えてくれた。

そんなイナーリヒを見て笑う少女達もまた、
手を繋ぐことで、互いを支え合いながら試練の道を歩んでいた。
その中心にいるのは、もちろんティーエである。

それを見て思わず笑ってしまったジェントだったが、
おてんば娘は、そんなことにも気付かず、誰かと手を繋いで歩く喜びに満たされていた。



「こうして見ると、いよいよアールティヒもお姉ちゃんね」

あの港町で出会った頃よりも、ずっと逞しくなり、背も少し伸び、髪も長く伸びた。
ほんの数日前までは幼さの感じられた顔も、どこか大人びて見える。
その小さな体に優しく包み込まれた記憶は、どんなときでも心を染めてくれる温かなものだった。


「へへっ。 お姉ちゃんかぁ」

なんとなく嬉しさを滲ませるアールティヒ。

自分よりも小さな少女は、いっぱい手を焼かせてくれるだろう。
だから助け合って生きていこう。

ルミナと一緒に。

みんなと一緒に。

(…ね、お母さん)



「じゃあ、これからは、おねーちゃんって呼ぶね!」

老婆に拾われ育てられてきた少女は、そう言って満面の笑みを浮かべた。


それからも慎重に先を目指す一行を楽しませたのは、
心の内を隠し切れない、ご機嫌なティーエの鼻歌であった。





「楽しいメロディね。 どこで覚えたの?」

「ふふーん♪ これはあたしのオリジナルだよ!」

「おチビちゃんには、そんな才能まであったのか」

「ねぇねぇタイトルは?」

「うーん…まだ決まってないんだよね」

「音楽のことには疎いが…ティーエらしい感じはするな」

「なら、さしずめムードメーカーってとこだな」

「むーどめーかー? それって、どんな意味?」

「まぁ…おチビちゃんらしいってことさ」





そんな会話を交わしながら歩き続けた一行は長い上り坂に差し掛かり、
暗闇で満たされているはずの洞窟内で、わずかな光を捉えた。

「この光は?」

「自分の目で確かめろ。 もう少しだ」

先導して坂を上りきったジェントは強い光を全身に浴びながら、
最後の試練に挑む少女達を見守った。

小さなティーエを守りながら、ようやくの思いで試練を乗り越えた少女達の目の前に現れたのは…


「うわぁー! すごーい!」


地の底から湧きあがった多様な色に煌めく水晶が折り重なり合い、
その煌めきを一面に乱反射させる、まさに世界の神秘と言うべき光景だった。


「これが…お母さん達の見た景色…」

「まるで心まで透き通りそうな、不思議な気持ち」

「みんな、キラキラ光ってて綺麗だね」


多種多様な水晶群を指して “ みんな ” と表現するティーエ。
その子供ならではの感性は、かつてイリゼが抱いた想いに通じるものがあった。



「…ここに辿り着いて、この景色に出合ったとき、イリゼは言ったんだ」



“ どんなに辛いことがあったとしても、それを乗り越えた先に光があるのなら― ”



「…うん。 私、お母さんが、ここでどんなことを想ったのか、
それが、なんとなく分かる気がする」

「そうね。 うまく言葉にはできないけれど」

「みんなが幸せになれればいいのに」





「お父さん、私、お母さんに伝えたいことが、たくさんある」

「どんな風に言えばいいのか、わからない」

「ちゃんと伝わるのかも、わからない」

「でも…行く。 お母さんに逢いに行く」


世界の神秘に触れ、少女はなにを想ったのか。
その純粋な瞳に慈しみの色を宿し、そう力強く決意した。



「あぁ…行こう。 イリゼを迎えに」



「決まりだな。 その前に、ここで少し休憩していくか。 すぐに引き返すのも勿体ないしな」

「さんせーい!」

疲れているからなのか、この景色から離れがたいからなのか、
ティーエは、とても疲れているようには思えない元気な声で賛同してみせた。





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