守りたいもの



「綺麗ね、とても」

初めて見る世界の神秘に心を奪われたアールティヒとルミナは、
その水晶群の前で身を寄せ合いながら、お互いの胸の内を語り合った。

「私、ルミナと出逢えて本当に良かった」

「そうね、私も」

「…ありがとうね」

「なによ照れくさいじゃない」



そんな二人のすぐ傍で、いつものようにマイペースに手紙を書き始めるティーエ。

「ばーちゃんへ、おげんきですか、と…」

「相変わらず、おチビちゃんはマメだよな」

見かけによらずという言葉を飲み込みながら、その光景を見守るジェント。
その手には、ティーエが不思議な力で手を触れずに飲み物を注いだカップが握られている。

「案外、気立ての良い嫁さんになるかもな」

そう言って笑うイナーリヒは、ティーエが用意していたシートに腰を下ろしていた。

「…どんだけ準備がいいんだよ」



ティーエの手紙が完成するのを待ちながら、
その場にいる全員が家族のように寄り添い、語らい、笑い合った。
そんな何気ない日常こそが、なによりも大切なものなのだと、そう誰もが心に抱いていた。

そのことに気づいたときから。

あるいは、それを失ったときから。

あるいは、それを取り戻したときから。

あるいは、無自覚に…。





「よしっできた!」

ようやく手紙を書き終えたティーエが元気よく立ち上がる。
その瞬間、洞窟内に一際強い風が吹いた。

「あっ!」

手元から離れた手紙が宙を舞い、それを追いかけようとする。

「ティーちゃん、危ないよ!」

「へーきへーき!」

小さな体で懸命に飛び上がり、なんとか地面の続いているところで手紙を掴み取った。
安堵したような表情で着地を果たしたティーエだったが…

「っとと…!?」

まるで、それを嘲笑うかのように足場が音を立てて崩れ始める。

「ティーエ!」

誰しもが凍てついてしまったかのような感覚に支配される中、
ただ一人、ティーエのもとへ駆けていく男がいた。

「すぐ戻る!」

ティーエの姿が完全に見えなくなるよりも前に、その小さな体はジェントに抱え込まれた。
残された少女達は、そのままの勢いで落ちていく大きな背中に駆け寄ろうとしたが、それをイナーリヒに静止される。

「あいつを信じろ。 大丈夫だ」

不安は拭えなかったが、
絶望的とも思える状況下でジェントを信頼できるイナーリヒを信じた。





「しっかりつかまってろよティーエ!」

落ちていく感覚に支配されながら、その声を信じて、ぎゅっと強く抱きつくティーエ。

その瞬間、不思議と恐怖心は取り除かれた。

まるで空を飛んでいるかのような浮遊感に満たされながら、ただ聴こえてくるのは “ 音 ”


(まただ…不思議な音…)

(どこまでも優しくて…だけど、すごく悲しい…)

(どーして? ジェントっち…)


そんな想いを巡らせながら、その心地良い温もりに身を任せ続けた。





「…よっと!」

少女達が見守っていた虚空に軽い身のこなしで帰還するジェント。

「ティーちゃん!」

「ティーエ!」

ジェントの腕の中にティーエの姿を確認すると、駆け寄りながら胸を撫で下ろす少女達。

「おチビちゃん、もう大丈夫だぜ」

その言葉を合図に、ゆっくりと目を開く。
心配そうに覗き込むアールティヒとルミナの顔を見た瞬間、ひどく胸が痛んだ。

そっと地面に降ろされると、アールティヒに優しく抱き寄せられた。

「無事でよかった…」

「本当に心配したんだから! もう、あんな無茶はしないでよ?」

「うん…」

もう二人の悲しい顔は見たくないと心から願い、自らを戒めた。
いつだって、みんなと笑っていたかった。


“ ごめんね ”


そう謝ろうとした瞬間、肩を軽く叩かれ、その言葉は遮られた。

「はやく空を飛べるようになってくれよな」

不思議な音の持ち主は、そう言って愛しさを滲ませた顔で笑った。

「あっ……うん!」

「もうちょっとだけ待っててよね! 絶対に飛べるようになるから!」

「あぁ、待ってるぜ」

ムードメーカーが調子を取り戻すと周囲にも明るさが戻った。





「あ、そうだ。 帰り支度を済ませなくちゃ」

「そうだったわね。 ほら、ティーエも」

「すぐ行く!」

二人に追いつこうとして数歩駆けたあと、なにかを思い出したように立ち止まる。
くるりと振り返った視線の先にはジェントがいた。

「…ありがとね!」

ジェントの真意を知ってか知らずか、謝罪ではなく感謝の言葉を伝えるティーエ。
その笑顔は、いつものように眩しかった。
そして、また軽快に半回転した少女は、ふたりの待つところまで元気に駆けていった。

ティーエらしさを失って欲しくなかったジェントにとって、その姿には心から救われる思いだった。



その一部始終を見届けたイナーリヒは、ゆっくりとジェントに歩み寄った。

「…ティーエのことが気になるか?」

「馬鹿言うなよ、あんなちんちくりん」

そう茶化した後で、お調子者の表情は真剣なものへと変わった。

「不思議な子だよな。 あの手を触れずに物を動かす力だってそうだ。
お前らだって驚いてはいるんだろうが…誰よりも舌を巻いてるのは、この俺さ」

「…だろうな」

「イリゼちゃんにしてもそうだ。
特別な力なんてないはずの普通の子だっていうのに…俺のせいで…」

「ジェント…イリゼも俺も、そんなこと微塵も思っちゃいない。
お前は、いつだって俺達を守ってくれていた。 今だって、そうだ。
なのに、どうして自分を責め続ける?」

「それは、俺が…」

「いいか、よく聞け。 お前自身が “ それ ” を罪だと感じること…
それを止めることなんて、できやしない」

「だから、その罪とやらを終わらせてやる。 今度は俺が守る」

「イナーリヒ、お前…」

「イリゼを取り戻すぞ」

「…ありがとうな」

「お互い様だ」





「そんじゃ、行くか。 準備はいいか?」

『おー!』



「お母さんに、ちゃんと想いを伝えられるかな」

「大丈夫よ、きっと伝わるわ。 それに私達だってついてる」

「言葉でダメだったら歌を歌うなんて、どうかな?」

「さすがおチビちゃん。 スケールがデカイな」

「だが…悪くないかもな。 イリゼは歌が大好きだった」

「お母さんと一緒に歌いたいな」

「素敵ね」

「歌は世界を救うんだよ!」

「どんどん話が大きくなっていくな…」

「いいじゃないか、夢があって」

「夢、かぁ…」





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