大草原を統べるもの





『大草原を統べるもの』 を聴く





「…ただいま」

懐かしい草原の風は、あの日と変わらず穏やかで心地良く、
その心地良さに秘められた母の温もりも、いまなら痛いくらいに伝わってきた。

「お母さん…迎えに来たよ」

目には見えないイリゼの存在を全身で感じながら、そう呼びかける。

ゆっくりと両手を大きく広げた少女の姿は、
すべてを優しく包み込んでしまいそうなほどの慈愛に満ち溢れていた。


少女の想いに呼応するかのように空が強く光彩を放ち、
虹色の羽根を纏った神々しく巨大な存在が空に姿を現す。


伝説上の竜を思わせるような存在が空を翔け、
その余波で巻き起こる強い風は、しかし全身を撫でるように優しかった。



ゆっくりと地上に舞い降りたイリゼは、なによりも守りたい愛おしい存在を見つめる。



<< アールティヒ…しばらく見ない間に大きくなりましたね >>



「お母さん…」

まるで心に直接語りかけてくるような優しい声に、ぐっと涙を堪えた。

「やっと逢えた」

そっとイリゼに歩み寄ったアールティヒは、その巨躯に触れ顔をうずめる。

「この温もり…私、覚えてるよ」

そのまま眠りに落ちてしまいそうな心地良い温もりを感じながら語りかけ続けた。

「私ね、この旅で、みんなと出逢って色んなことを知った」


聖女のことも、その結末も。

大切なものを失う悲しみも、その裏にあった幸せも。


「一緒に行こう、お母さん。 一人で抱え込まないで」


そっと顔を離し、じっと母の目を見つめた。
その瞳に宿る強い意志と、すべてを愛するような慈しみを伝えるように。



<< アールティヒ…あなたが、こんなにも大きく成長したこと、すごく嬉しい >>


<< だけど…私は、この世界から悲しみを無くすという希望を、どうしても捨てきれないのです >>


<< せめて、この大草原で生きている、みんなだけでも… >>



「だけど私は悲しい。 そうやって、お母さんが自分を犠牲にしていることが」



そんな実の娘であるアールティヒの悲しみはイリゼに迷いを生じさせた。

自分が本当に守りたいものが深い悲しみに涙を滲ませている。

それが、なによりも辛かった。

小さな体を抱きしめてあげたかった。

大草原を統べるものとしてではなく、ひとりの母として。



「私ね、お母さんに伝えたいことが、いっぱいあるんだ。
お母さんの背負っているものを分かち合って、一緒に歩きたい。
だから、お母さんが胸に秘めている想いも全部、教えて欲しいの」



<< …わかりました… >>


<< アールティヒ…あなたを私の心で構築する旋律の回廊に誘います >>


<< その世界は、あなたにとって辛く苦しい試練となるかもしれません >>


<< 世界の悲しみに触れる覚悟はありますか? >>



少女は決意を込めて強く頷いた。



「…みんな、ちょっと行ってくるね」

ひとりで母と向き合いたいというアールティヒの想いを汲み、
その背中を見守っていたルミナ達は、それを止めることはしなかったが、
それでも彼女を支えるという想いは、なによりも強かった。



「アールティヒ…どんなときでも、あなたはひとりじゃない。 それを忘れないで」

「うん…ありがとう、ルミナ。 信じてるからね」



「大丈夫だよ、おねーちゃん。 ちゃんと “ 追いついてみせるから ” 」

「ふふっ。 うん、わかった。 待ってるね」



「ここが正念場ってわけだ。 頼むぜ、お嬢ちゃん達。 俺の想いも届けさせてくれよな」

「きっとできるよ、みんなと一緒なら」



「もう同じ過ちは繰り返さない。 アールティヒも、イリゼも…二度と独りにさせはしない」

「うん…お母さんを迎えに行こう!」



母への想いを胸に抱いた少女は、その強い決意の言葉を合図に眩い閃光に包み込まれ、
イリゼと共に旋律の回廊へと旅立って行った。





「さぁ、みんな! 準備はいい?」

ティーエにとっても一世一代の大勝負が始まろうとしていた。





メニューに戻る