旋律の回廊
♪『旋律の回廊』 を聴く♪
そこは、なにもない空間だった。
世界の何処にも存在していない、異次元とでも呼ぶべき空間。
ただ空に浮いているかのような感覚に支配される中、母の温もりだけが身近に感じられた。
<< アールティヒ…世界には悲しみが溢れています >>
<< 今からあなたに伝えるのは、そのほんの一部でしかありません >>
<< そう、私が聖女として旅を続けている間に知り得た悲しみだけです >>
次第に、その空間は渦巻きながら感情の色に彩られていく。
感情が視覚化された悲しみに満ちた世界で、
アールティヒは、それら一つひとつの想いを受け入れるように耳を澄ませた。
イリゼと同じように世界の悲しみに心を痛めながらも、
母とは違う夢を胸に秘めたアールティヒは、感情の渦に身を委ね続ける。
悲しみの裏にあった幸せと、その先にある希望を見出すように。
(私は、お母さんと一緒に歩きたい)
(そして、一緒に歌いたい)
(世界から悲しみを無くすことができなかったとしても、希望の詩を…)
そう強く願った瞬間、異次元の世界へと迷い込んだ不思議なものが目に留まった。
感情の渦に吹かれて、ふわりと舞いながらもアールティヒを目指して飛ぶそれは、ちいさな鳥の形をしている。
<< 一体どこから…? >>
そっと差し出された少女の手に収まった紙の小鳥は、その翼に想いを乗せていた。
“ おねーちゃんへ。 小鳥ちゃんは届きましたか? ”
「…ティーちゃん!」
<< この世界に、どうやって… >>
母と同じ疑問を抱きながらも、紙を開き手紙を読み進めるアールティヒは、
その疑問に対する答えを見つけると自然と笑みがこぼれた。
「…すごいなぁ、ティーちゃんは。 お母さん、続きを読むね?」
“ イリゼさんは想いの強さで今の姿になったって聞きました ”
“ 想いの強さが奇跡を起こせるのなら、あたしたちの声だって届けられるはず ”
“ おねーちゃんに、そしてイリゼさんに、あたしたちの想いを届けます ”
『アールティヒ!』
「…ルミナ!」
『よかった…ちゃんと届いた…お待たせ、アールティヒ』
『どんなときでも絶対に傍にいるから』
「うん…ありがとう、ルミナ」
悲しみに彩られた世界で心に温もりが宿っていく。
『やっほー! おねーちゃん!』
「ティーちゃん!」
『うまくいってよかった! もうなにも怖くないよ!』
「うん、うん…!」
『アールティヒ、イリゼ…』
「お父さん!」
<< あなた… >>
『二人と一緒に生きていくのが、ずっと俺の夢だった』
『そんな、ごく普通の夢を、どうか叶えさせてくれ』
『お嬢ちゃんは本当に良い仲間に巡り逢えたな…羨ましいぜ』
「ジェントさん!」
<< ジェント…あなたまで… >>
『イリゼちゃん…あの頃の俺に、こんな強さがあったらよかったなぁ…』
<< ジェント…この力を望んだのは私自身です。 あなたのせいではありません >>
『きっかけを作ったのは俺さ。 それは、なにも変わらない』
『だから俺は、その罪を償いにきた』
『 “イリゼちゃん” を取り戻す。 絶対にな!』
「お母さん…世界から悲しみを無くすことは、きっとできない」
「だって悲しみは、幸せの裏にあるものだから…」
「大切なものを失うのは、すごく悲しい」
「だけど、そんなにも大切なものに巡り合えたことは幸せなことなんだって…そう教えられたの」
『イリゼさん、私は数年前に大切な妹を失いました』
『だけど…悲しみに暮れ、憎しみに囚われていた私を、アールティヒは救ってくれました』
『悲しみの先には、きっと新たな希望が待っているのだと、そう信じられるようになりました』
『どうか、共に過ごす時間を大事にしてください』
『あたしは、おねーちゃんが悲しそうなのが悲しい』
『おねーちゃんが幸せな気持ちになれるように、イリゼさんにも傍で笑っていて欲しい』
『そこに、あたしも居れたら…嬉しいな』
『イリゼ…お前が本当に心の底から願っていることはなんだ?』
『それは、もっともっとささやかなことなんじゃないのか?』
『俺達の旅は終わった』
『もう、あの頃の理想を捨てて、自分に素直になってもいいんだ…』
『イリゼちゃん…ここまで長かったよな』
『でも、それも今日で終わりにしよう』
『過ぎてしまったことを、いつまでも後悔してても始まらない』
『俺も、これからは前を向いて、この世界で生きていくつもりだ』
『みんなと一緒にな』
「帰ろう、お母さん。 私達が “ 人 ” として、懸命に生きている世界に」
<< アールティヒ… >>
<< イナーリヒ… >>
<< ジェント… >>
<< ルミナ… >>
<< ティーエ… >>
<< みんな… >>
<< …ありがとう… >>
<< アールティヒ…元の姿に戻る前に、ひとつだけ…母の我侭を許してください >>
<< あなたと一緒に、この大草原の空を飛びたい >>
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