「あー楽しかった♪」

お祭り騒ぎの中、元気に歌を披露してみせたティーエは上機嫌だ。

底抜けに明るく前向きになれる歌は、
自らと向き合いながら希望を見出し始めていた人々の心に光を灯してみせた。

「お手柄だったね、ティーエ」

そんな老婆の言葉に嬉しそうに胸を張るティーエは、
イリゼを取り戻すのに大きな役割を果たしたことなど、すっかり忘れている。

「こりゃ、おチビちゃん分かってねーな」

「いいんじゃない? ティーエらしくて」

「ティーちゃん凄かったのにね」

「あぁ…感謝してもし切れないほどなんだがな…」

「不思議な子ね、ティーエちゃんは」

みんなの視線を集めながら、いつものように手を触れずにお茶を淹れるティーエ。
いつだって目の前のことに夢中な姿は、それを見る者の心を和ませた。



外で続いている喧騒を忘れるほどに静かな空間で机を囲み、ほっと一息つく。
そんな何気ない日常に幸せを噛みしめながら談笑は続いた。



「あんた達なら、やり遂げると思ってたよ」

イリゼを取り戻してみせたことに確信でもあったかのように、そう語る老婆。

「なんだ? ばーさんには俺達の未来でも見えてたのか?」

占いをやめた老婆を茶化したジェントだったが、その反応は意外なものだった。

表情を真剣なものへと変化させた老婆は 水晶を机の中心に置き、過日の記憶を語り始める。



「…あの日」

「この子が あんた達に付いて行こうとしたとき、私の意思とは関係なく、この水晶が輝いた」

不思議な体験を語る老婆の言葉に、全員の視線は机上の水晶に釘付けとなった。

「これは、その時に見えたものさ…」

自らの記憶を投影させた水晶に次々と文字が浮かびあがっていく。

「俺達の名前、か…?」

「あぁ…よく見てごらん…」





Artig
Rumina
Tia
.Innerlich
Gent





A
R
T
I
G





「アール、ティヒ…」





訪れるはずだった長い静寂は、しかし一人の笑い声によって振り払われた。

笑い声の主は、お調子者のジェント。



「なるほどな。 確かに良くできてる。 ばーさんが驚くのも無理はない」

「でも、偶然さ」

いつもの調子で、そう否定してみせる。

「偶然?」

「あぁ、そうだ。 なぜなら…」

全員の視線が自然とジェントに集中していた。



「俺のジェントって名前は偽名でね。 ちょいと訳ありでイナーリヒに付けてもらったものなのさ」

「黙ってりゃカッコイイのに 喋ると台無しな俺は、ジェントル一歩手前なんだとさ」

誰もが納得してしまうような真実に笑いが巻き起こり、その場の空気が和やかなものへと戻っていく。



本当の名前を知らない老婆の意識を投影した水晶は、やがて輝きを失っていき、
それを見つめていた老婆の表情は、どこか晴れやかだった。

「なんだ、ばーさん? お得意の占いが外れたってのに随分と嬉しそうじゃないか」

「あんた達がイリゼを取り戻したのは、決められた運命なんかじゃなかった」

「自分達の意志で行動し、それを成し遂げてみせたんだね」



「恐らく、大きな流れってものは存在するんだろうな」

「ただ それは、そいつ自身の意識がどこに向かっているか、それによって風向きが変わっているに過ぎないのさ」

「ばーさんは、そいつの風の流れを感じ取り、その背中を押してきたんだと思う」

「聖女の願いは必ず成就すると読んでしまったことも、イリゼちゃんの想いの強さに引き寄せられたんだろう」

「そして、俺達がイリゼちゃんを取り戻そうとしていたこともな」

「それだけなんじゃないか?」


「あぁ、きっと、そうだね…」

「よかった…本当に…」


「…ったく、ばーさんも そろそろ楽になったらどうだ?」

「俺達はイリゼちゃんを取り戻した」

「そして、ここに帰って来た」

「村のみんなも前を向き始めてる」

「もう過去に囚われる必要はないんだ」

「それに…ばーさんが笑ってないと、おチビちゃんが悲しむぜ」

「もちろん、俺達もな」


「そーだよ、ばーちゃん! いつまでも、くよくよしてたって しょーがないって!」


老婆は、ゆっくりと全員の顔を見渡した。

自分へと向けられた笑顔から伝わってくる愛情は、
心を凍てつかせていた氷を一瞬にして溶かし、その姿を温かい涙へと変化させる。


「みんな…ありがとう…」


感謝の言葉を紡いだ老婆の笑顔は、その場にいる誰もが初めて見るほど眩しいものだった。





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